非常識なラスト。
このごろ、走っている。
朝起きて、2日酔いでなければ、7時前に3〜5kmをゆっくり走る。コースは、近くを流れる川沿いの公園だ。スタートしてすぐに橋を渡り、ふたつ先の橋を渡り返して戻ってくる。これで約2.5km。2周すれば5kmなので、いまの自分にはちょうどいい距離だ。
気がつけば、たくさんの人が走っている。歩いている人もいる。犬を散歩させる人。スポーツウェアの人。パジャマのようなジャージ姿の人。いろいろいるが、どの人も朝のいい空気を吸いにやって来るような風情である。その間を縫うように、通勤に行くのだろう自転車が疾走していく。ちょっと注意が必要だが、それはそれで都会のジョギングらしい光景かもしれない。
半年ほど前に1kmを走った。それがそもそもの始まりなのだが、その時はしんどかった。たかだか1kmとなめてスタートしたのだが、最後の100mは「泳いで」いたと思う。足腰に来ることはなかったが、息が続かない。
しかし、ヘンなことにも気がついた。3kmを走っても最後の100mが来ると、息が上がる。5kmでもそうなのだ。距離を伸ばしていけばきつくなるのは当然だろう。それはわかる。そこで、1kmを走ってみた。すると、やはり最後の50mで自分の息が聞こえはじめるのだ。ゼーゼー。
公園のコースを2周する、と決めて走りだすと、1周目の最後はまだゴールではないので、バテることはない。オアズケ。そこにご飯があっても食べてはいけないのだ。だからそこはゴールでもないし、まだ食べ物にも見えない。しかし、1周で今日はやめよう、ラストだと思い始めると、途端に喘ぎ泳ぎが始まる。
諦めなのか。安堵なのか。解放なのか。緊張が切れるのか。
マラソンのゴール前で、一流選手がバタバタになることがあるが、心理的には同じようなことなのか。
18番ホール、残り30センチのパット。緊張は、保てているだろうか。
170ヤード、何番で打ちますか。

ジョギングコースの春風景。いまはもう桜の葉も色づき、次第に散り始めている。12月になると、真っ赤になった葉を木枯らしが追いかけ回す。











