非常識なレッスン。
人は、スポーツに、向き不向きを持つ。生まれつきの、好き嫌いといってもいいかもしれないが。
球技が好きな人がいる。どちらかというと私はそのタイプで、子供の頃からボールを持たせておけば、何かをして遊んでいた記憶がある。バスケットボールに興味を持ったのも、できそう、という直感があったからだと思う。そして、その延長線上に野球があり、ゴルフがあった。
でも、一方で、からきしダメなスポーツもある。スピード系である。スピードを体感するスポーツはどうもうまくいかない。スキーはダメを承知でやってはみたが、速度が出ると腰が引ける。何度やってもボーゲン止まりでは、熱中するまでもいかなかった。私のよく知る人は、私を一言「恐がり」と呼ぶが、、、。
もちろん、スキーもゴルフも、なんでも上手にこなす人はいる。反対に、スポーツは見ることにも興味がないし、身体を動かすことが苦痛だという人もいる。運動神経、反射神経など、持って生まれたものが、人にはあるのだから仕方がない。そして、不向きなものはどうしても嫌いになることが多く、そうなれば、当然やらなくなる。
しかし、忘れていけないのは、向き不向きは、前提であって、結論ではないということだ。そう考えないと世の中が、いきなり狭く、味気ないものになる。少し出来ないとすぐさまシャッターを下ろしてしまい、「自分は、○○に向いていない」と断念即断する人は、意外と多い。
そこへいくと、下手の横好きは、わるくない。というより私は、その言葉に人の頑張りを感じる。中年でバンドをはじめた人、毎週のようにゴルフ場のレンジで汗をかいている人、そんな熟年の話を聞くと、大いに歓迎したくなる。他人にヘタといわれようが、諦めない。好きなこととヘタクソとは次元が違うのだから、気にすることはない。そう割り切ることはたいへんだろうけれど、大切なことでもある。プロと較べれば、アマはみんな下手の横好き。どんなレベルでも諦めたときに、その人の音楽も、スポーツも終わるのだと思う。
(そういう意味で私のスキーは、終わったのかもしれない。始まりもしなかったが)
この間、雑誌を読んでいたら、あるレッスンプロがゴルフスクールで、教えている生徒に向かって「キミ、ゴルフ、向いてないんじゃない?」といってしまったらしい。まさに、それいっちゃ、おしまいよ、である。
想像するに、いわれた生徒は、プロからのアドバイスを「自分のスイングにする」ことができなかったのだろう。それを見ていたプロが歯がゆくなって、つい本音を滑らせた、のか。教えられている生徒は、確かにゴルフに向いていなかったのかもしれない。でも、正直に禁句を口にしてしまったプロは、どうだろう。ゴルフ以前に、教えるという才能にまったく不向きな人だったのではあるまいか。
「えっ、いいショットが出ない?それなら、とりあえずアイアンをeggに変えてみたら?」ぐらい、気のきいたことがいえなかったものか。
140ヤード、何番で打ちますか。

18番で気づく。今日の私は、ゴルフに向いていなかったな、と。それにしても「勉強に、夫婦に、仕事に向いていない」などのいいわけが、日本中に氾濫し、そういう傾向は、着々と進んでいる。

「先生、ボクはどうも、宿題には不向きの血筋にあるようです。家で机に向かうと先祖の霊が目の前に現れて、やっちゃだめだ!いますぐ、やめなさい!と、それはしつこいんですが、どうしましょう?」そういわれても先生は、大仏のように黙るしかない、、、。















