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2008年2月 アーカイブ

2008年2月14日

非常識な冬。

今シーズンは、今日で終了。明日から、冬眠だな。
去年の12月中頃、友人は、そう言ってゴルフ場をあとにした。今年の春分の日まで、ゴルフはしない。 恒例の冬眠宣言である。
寒い時期に辛い思いまでしてゴルフをするのは、どうも楽しくない。友人は、数年前からゴルフに冬眠期間を設けるようになった。ゴルフは好きな人であるから、考えてのことだと思う。が、なんとも潔い判断である。
私など、そう思っても、なかなかそうはなれない。アイアンも飛ぶようになったし、などと呟きながら、暖かいインナーウェアを探し出し、厳寒のフェアウェイへ死の行軍を始めてしまう。
今年は、寒いぞ。

冬眠する生き物は、調べてみると意外といる。クマ、コウモリ、ヤマネなどの定温動物、昆虫、ヘビ、カエルなどの変温動物などが代表的である。「凍結しない場所を選び、極度に代謝の低下した状態で不活動のまま冬を超すこと」と冬眠は定義されている。
進化の過程は複雑で、私たちが人にたどり着くまでには、さまざまな回り道、信じられないような寄り道があったと想像できる。現在、冬眠を習性としている生き物と私たちが、進化の過程でニアミスしていたとしてもさして不思議ではないだろう。

そうなのだ。(私たちは、冬眠動物の、遠い親戚にあたる)

威勢よく肯定もできないが、バッサリ否定もできない。冬眠動物との血のつながり。私たち人間は、そんな可能性をどこかにしっかりと持ち合わせているのではないか。
冬が嫌いだと言っていたあの人は、どこかカエルと似ている。
冬になるととにかく眠くなってね、といいながら目をこすっていたあの人は、まわりの人からクマさんと呼ばれてはいなかったか。
自分ではまったく気づいていないが、冬眠が静かに足音を潜めて、冬の真っ只中にいる私たちに近づいている。

「冬か、寒いな。じっとしているか」
そんな風に感じた瞬間は、冬眠がそばに来たと思っていい。
特に気温が低くなる地域に住んでいる人は、実感があるのではないか。冬は太陽も高く昇らない。日照時間も少ない。そんな時はわざわざ外へ出て行くのは非効率である。
(布団に入っていよう。風邪を引くのも冬だし。会社、休んじゃおうかな。)
そんな非常識な囁きを感じたとき、あなたはすでに冬眠催眠にかけられているに違いない。

冬眠の記憶は、人のどこかに確実に眠っている。

今回は、話が、脱線した。(睡眠不足か?)

135ヤード、何番で打ちますか。


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霜柱が立っている。こういうところにボールが行ったら悲劇である。救済措置はあるのだろうか。行った方が悪いのだが。


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ただこういう日だからこそ、富士山がきれいに見える。冬眠しない人間にもいいことはある。冬はいいウェアをPRGRあたりで探してがんばるしかない。

2008年2月12日

非常識な忘れもの。

一緒に酒を飲んでいると、友人が、こんな話をしはじめた。
「お前、認知症の心配とかないか。俺の家の近くの病院で、こんど、認知症のための新しい窓口ができたんだ。新しい科の名前は、物忘れ科。認知症の人とか、物忘れがこの頃、頻繁に起こる人を対象に開設したんだな。若くして認知症になる人、けっこう増えてるっていうじゃないか。予防も含めて早く診てもらった方がいいからな。診察はすべて予約制、電話で受け付けてるらしい。高齢化だろ、向こう1ヵ月の予約、アッという間にふさがったらしいぜ。ご時世だよね。俺たちもそろそろ考えないとな」
よせばいいのに、私が、そこでチャチャを入れた。
「でも、いざ、診療を始めて見ると、患者さん、誰も来なかっただろう」
「どうして、そんな話は聞いてないぞ」
「だって、予約してもみんな、忘れちゃうでしょ」
友人は、一瞬キョトンとして、何が起こったのか、わからないような顔をしたが、
「相変わらずだな。俺の話の、どこを聞いてるんだ、お前は」
と言ったきり、もうその話には一切、触れようとしなかった。
(忘れたんだな、きっと)

でも、この頃、ゴルフ場でもノーキャディ、カートのせいか「アイアンを忘れてしまった」からはじまって「スコアが覚えられなくなってきた」という人すら見かけるようになった。
ゴルフはけっこう上手なのに、大事なサンドウェッジを置きっぱなしにする。スコアを忘れないように、シングルさんが、カウンターを持って、一打一打、数えていく。初心者のようなベテランが、これから増えてくるんじゃなかろうか。

ま、忘れてしまう人は昔から、何人か、知ってはいたが。

林に入って出てこない人がいる。苦労してるんだろうな、と見に行ってみると、木の根っこと格闘している。今日はたいへんなことになりそうだな、と思っていると、案の定、次のホールでもドライバーを曲げて林の中へ打ち込んでしまった。
さぁて、ボールを探しに行くかと、日陰に入っていくと、もう見つけたようで打つ寸前であった。しかし、振ったクラブにボールは当たらない。空振りだ。でもその人は、私に気がつかないようだった。もう一回振ってボールはフェアウェイに出た。よかった、よかった。
フェアウェイから残り130ヤードを乗せたものの、3パット。
「あーあ、ダボにしちゃったよ」その人は高らかに宣言する。

(、、、、ま、いいか)
その人のスコアをつけながら、私は考える。
(忘れたのかな。慌てていたし、きっと、忘れたに違いない。いや、そうじゃない、忘れたいんだよ。イヤなことは、忘れたいのが人間だし。忘れたい、忘れたい、と思っていると、それが現実なって忘れてしまうんだ。だから、その人の中では、6。7じゃない。)
忘れてしまうのだから、スコアを多くつけることはまずない。もちろん罪の意識もない。

常識では考えられないことが、どこでも、いつでも、誰にでも起こるのが、ゴルフ。非常識を良しとするegg manとしては、こんなことにたじろいではいられない。

185ヤード、何番で打ちますか。


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目に見えない気体が頭から立ち昇り、フワフワと天に向かって消えていく。記憶が無くなっていくさまを、映像にすると、そんなイメージになるのだが、いかがなものだろう。


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そんな顔をしても、忘れた記憶は帰ってこない。でも、記憶とは非常識なもので、時間が経って忘れたことさえ忘れた頃に甦る、意地の悪い機能でもあるから要注意。

2008年2月 4日

非常識は、いいことだ。

「ここはデリケートなタッチが必要ですねぇ」
下りのパットを慎重に打つプロの姿を画面に映しながら、アナウンサーがそう言っている。画面を改めて見ると、とてもデリケートとは言い難い姿、態度をしたプロが、そのパットを決めていた。
デリケートな人は、デリケートに打てない、とそのとき思った。
デリケートな人が、デリケートなパットを、デリケートに打ったらどうなるか。それは、不可能。腕がフリーズしてしまって、ヘッドが1センチも動かない。

以前、パットイップスの人といっしょになったことがあった。普段から快活で、お酒も嗜み、女性の話も好きな、楽しい方であった。白州次郎直伝のマナーは、見習うべしであったし、スイングもすばらしい。かっこいいゴルファーとして私の記憶に強く残っている。
しかし、その日は、グリーン上に立ち、パターを握ると、どうにも手が動かない。自分でわかっているから、その人は笑うしかない。照れ隠しなのだろうけれど、その笑顔が、ひきつって見える。
こっちも笑って返してはいるが、内心、冷や冷やである。見ていると、動かない手を無理に動かそうとするから、その反動で、今度は手が、異常に速く動く。
パシッ。ショートパットをとんでもなく、強く打ってしまう。もちろんご本人にその意志はない。経験も技術もあるゴルファーなのだから、デリケートに打とうという気持ちは、手に取るようにわかる。
しかし、意志とは反対に、手は勝手に暴走していく。
その時は、グリーン上でパットを二度打ちし、さらにそのボールがカップインしまうという「妙技」になってしまった。
「このごろダメなんですよ」そういいながら、笑っている顔はどこか寂しそうであった。その表情は一生私の頭から離れそうにない。

似たような経験が、私にもあった。突然、アイアンの打ち方がわからなくなったのだ。手の動き、身体の動きを頭の中で考えていたら、いきなりフリーズした。正確に振ろうと考えたのが、いけなかったようだ。幸い、その状態はその日だけで、ことなきを得たが、一瞬どうしたらいいのか、目の前が真っ暗になった。
あまりデリケートに考えない方が、いいのだろう。いい加減になってもいけないが、考えてもどうにもならないときは、ある。

そうだな、そういうときは、非常識になってやるというのもいいんじゃないか。飛ぶアイアンが、気分をまったく変えてくれることもあるし。

165ヤード、何番で打ちますか?


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非常識な名前のお店。ロンドンにある和食屋さん。意外と人気のようで中を覗いたらロンドンっ子で盛況だった。名前はいいセンスなのだが、味は日本人向けではどうもなさそうだった。

2008年2月25日

非常識な常識。

ボールが転がって止まったところに、小さな花が咲いていた。ボールを打てば、花びらもろとも、きれいな花は散り散りになってしまう。そこで彼は、アンプレアブルを宣言。ペナルティを払い、ボールを別の位置にドロップしてプレーを続けた。この美談を私はどこかで読んだ。

私の所属するカントリークラブでも、初夏、林のここ彼処に小さな花が咲き乱れる。(なぜか私は林の中に詳しい)
蘭のようなカタチをした花が、林の中、至るところに可憐に咲きはじめるのだ。淡い藤色というのも、何か清楚で、触れることすらはばかられる。
しかしここは、お花畑ではない、ゴルフ場である。ボールが林に入れば、まずボールを探し出すのが、ゴルファーの使命である。
ひたすら下を向いて、ボールを探す。すると、その花がいやでも目に入る。必死に探している目には、なおさら、えっ、こんなところにも咲いているの、とますます増えてくる(感じさえする)
だが、私が林に入った理由は、ただひとつ、花を眺めるためではない。ボールを探し、打つためなのだ。
そのうち、いつの間にか、その花を踏まないように歩いている自分に気がつく。おいおい、ここはゴルフ場だぞ。見つかったボールがその花のそばにあったりすれば、(打っていいものか)と、一瞬、考えてもしまう。

せっかく咲かせた花びらを、メチャメチャにしていい権利など、誰にもあるわけがない。きれいなものは、そっと、そのままにしておきたい。それが常識で、みんなそう思うはずだ。
でも、ふと、思うのである。それは、花だからなんじゃないか、と。

「芝は、いいのかよ!」
花と同じように、芝だって生きている。根を張って、きれいな葉を出している。芝の立場が、ないじゃないか。ゴルフ場の主人公は、芝だぜ。

ショットは、ターフをしっかり取って打ちなさいと教わった。でも、芝がかわいそうだから、根こそぎ取ってしまうのは避けなさい、とは言われなかった。穴が空いたら、目土をするのは当然だとしても。

グリーンを狙ったボールが、木にあたり、せっかく育った枝を落とすこともある。
プレー中、腕に蚊とかブヨがとまれば、ピシャッと潰すことは当然だろう。パー3で打ったティショットが、トンボを直撃してしまうことだってある。

確信犯か、過失なのか、その差は大きい。だが、ゴルフ場にある植物からすれば、きれいかそうじゃないかで、命に差をつけられてしまうなんて、それこそ人の身勝手だろう。

花とペナルティ。花を壊さないように、ペナルティを受け入れた勇気には敬服するしかない。しかし、あまりに常識的な美談で、非常識なegg manには不向きである。

145ヤード、何番で打ちますか。


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太陽に向かって、咲き乱れるハイビスカス。やはり、きれいなものだ。でも、鮮やかな色と甘い香りは、昆虫などをおびき寄せるためにあることも事実。


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芝のことはよくわからないが、これは、ティフトンか、バミューダグラスか。絡む芝として有名だが、絡み酒は苦手な私も、絡む芝はeggで攻めていける。

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EGG

人生歴50数年、ゴルフ歴20数年。野球少年からバスケットボール、そして草野球に燃えるも、結局はゴルフに執心する、ある意味典型的日本人。
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