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2008年1月 アーカイブ

2008年1月21日

非常識な蚊。

地下鉄で冬の蚊を見た。東京は暖かいので、寒い時期も地下で繁殖を続けている、という話をどこかで聞いた。
ふわっと飛んで、その蚊はコート、マフラー、帽子へと、混み合う乗客の間を綿花のように飛行する。なんとものんびりした動きで、見ている少しの間、そこが電車の中であることを忘れてしまった。
やはりこの寒い時期に生きている、不思議さ、健気さに引き込まれてしまうのだろうか。感傷的になるわけでもないが「冬の蚊」と書くと、なにやら小説か戯曲のタイトルにもなりそうではないか。これが夏だったら、単に害虫が現れただけ、不快感しか残らないのだろう。
しかし、蚊から見ると、人はどのくらい巨大に見えるものなのか。人と鯨の関係か、いや、もっと大きいのかもしれない。その間を飛び回るのだから、その度胸たるや、相当なものだ。(「蚊の度胸」というのも映画のタイトルになりそうだが)
血の匂いに吸い寄せられて人のそばに来るのだろうが、ドラキュラならともかく、ピシャッとやられれば一巻の終わり。朝青龍と相撲を取るより分が悪い。キミらを怖がって逃げ出す男など、私の友人「スズキ」ぐらいだぞ、と蚊に教えてあげたい。
つぶされるのだから、人に寄ってこなければいいのだが、恐怖心などないのだろう。未来を想像、予測する機能が、蚊の脳(どれだけの大きさなのかわからないが)には備わっていないということだ、当然だが。
と、なると、「私は、カイになりたい」ではなく、私は、カになりたいと思う。
ティグラウンドに立ってアドレスに入ろうとする。右の林がやけに近く見える。(林に入るんだろうな、いや絶対入る)いやいや、そうじゃない。左のOBに行くぞ。(あー、絶対に行く)
人の脳は、いいことと悪いことが、いっしょくたになって頭の中を駆けめぐる。いいことが想像できるときは、いいことだけがイメージできる。それしか思い浮かばない。ただし、一度でも悪いイメージができあがると、それがなかなかとれない。道路に捨てられたガムのようにへばりつく。そして、悪いことが的中することは、ままあることだ。
非常識だろうが、私は、蚊の脳ミソが欲しい。贅沢を言えば、ティショットの時だけは、蚊になってもいい。(情けない話になってしまった)

追記:「蚤の心臓」という言葉がある。蚤ほどの心臓しかない→肝っ玉が小さい、の例えなのだろうが、疑った方がいい。今日の話でわかったように、蚊と同じで、蚤の心臓は、人のそれよりも堂々としているようなのだ。従って、あいつは、蚤の心臓だからな、などと陰口を言うときは、今後、充分な注意が必要になるかもしれない。

175ヤード、何番で打ちますか?


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冬らしい光景ですね、といいたいところだが、助けを求めているゴルファーに見えませんか。ドライバーを打ったときこれを見たegg manは、腰を抜かしそうになった。こ、この中には、人がいる。


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200ヤードのしるしなのだろうが、わたしには、ボーダーの靴下をはいたモミの木にしか見えなかった。

2008年1月15日

非常識な波。

晴れの休日、湘南の海岸に座ってぼんやりとサーファーたちを眺めていた。朝の空気は澄んでいて、冷たい。海の中の方が暖かい、とよく言われるが、そういわれても、すぐには信じられない。日陰のラフよりはマシだろうけれど。
ボードに跨り沖を見つめ、波を読みながら乗るタイミングを計っているのだろう。映画で見るような大迫力ハワイ波ではもちろんないが、湘南サーファーたちは、一様に真剣である。気持ちが、浜の見物人にも伝わってくる。
私は、サーフィンというスポーツをずっと風俗として見てきた。音楽、本、映画、友人から伝わるサーフィンには、常に「波」以外のことがつきまとった。確かに、「岡」での話は、否応なしに耳を惹き付けるチョイワルの魅力があった。
波に乗ったことのない身としては、サーフィンはいつもどこかアウトロウな風俗とセットで私の周辺に存在してきたのだ。一度でもボードと海に入れば、それが誤解であることが体感できたはずである。が、いまのいままで私は幸か不幸かサーフィンはやったことがない。
数年前、ハワイで会った日本人ベテランサーファーは「岡」にも精通した楽しい人で、あまり聞けない話をいくつも教えてくれた。ゴルフも上手でホノルル近郊で数ラウンドいっしょに回った。しかし「波」の話になると、目が変わった。
真剣な顔で「サーフィンの試合の前、最低1週間は、酒、タバコ、女、すべてやめる。自分をストイックにしないと集中できないし、危険だからね」
こんなことをいきなり言い始める。ほんとうの本音なんだろう。意識して非常識ばかり見せていた人が、ついつい隠していた常識を見せてしまう。それはかなり素敵な瞬間で、私の中で、今でもいい想い出としても残っている。
曲解されて伝えられる、という点では、ゴルフもその栄に浴している。なぜか「スポーツ=ゴルフ」以外の話題がメディアから先行して放出されることが多い。会社、接待、会員権など経済活動の一部として利用されてきた経歴があるのだから仕方がないか。防衛庁の醜聞も、ゴルフ場が舞台になっていた。(そのゴルフ場へこの間、行ったが)
しかし、ゴルフというスポーツが、人間のさまざまな能力を試すという点で、非常に質の高いゲームであることは、ゴルファー誰もが知る事実である。そのことは、実際に波に乗ってみないとわからないように、ボールを打ち続けてみないとわからないことなのだろう。
先入観だけでものを見て、判断してしまう傾向が、私(たち)にはある。
こういうカタチのアイアンは、ある特定の人が使うもので、自分とは関係ない!とか。私にはまだ早い!とか。ゴルフの道具をとっても、食べず嫌いのこだわりが、いろいろある。
だが、結論は体験の後でも遅くはない。使ってみなければ、やってみなければ、わからないでしょうに。
浜辺に座りながら、今年ひょっとしたらegg manは、波乗りを体験することになるかもしれない、などと思ったりもした。
これも、egg効果なのだろうか。

155ヤード、何番で打ちますか。


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富士山を背景にサーフが楽しめるスポット。近隣から自転車で来る人、朝早くクルマでやって来てくる人などいろいろだ。ストレッチをしっかりして海に入らないと、危険だろう。


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このカタチをどう見るか。先入観だけで見ると、変化も進化も遠のいていく。

2008年1月 7日

非常識な理屈。

♪小原庄助さん、なんで、シンショー、つぶした。朝寝、朝酒、朝湯が大好きで、それで、シンショー、つぶした。あー、もっともだ、もっともだ。♪
えー、お正月気分もそのままに飲み過ぎまして、二日酔い。土曜の朝、湯に入りながらこんな唄を思い出したんでございます。これに朝ゴルフ(これは、当たり前ですが)が加われば、カンペキに庄助さんの上に行けますな。でも、ちょっと待てくださいよ。
朝湯に入って、湯上がりの朝酒。落語の「居残り佐平次」じゃございませんが、こりゃ、うまそう。悪くないな、とも思ってしまいます。でも、朝寝は、どうでしょう。いや、朝寝も嫌いじゃございませんが、いっしょにやるとなると、厳密に言えば、湯も酒も、昼になるんじゃないかと。
いやはや、重箱の隅をつつくような話ですが、唄を思い出しながら、役にも立たないアタマ、使ってましたら、なんか談志さんのようになってきましてね。「理論的に間違っているすべてが納得できねえ。」
そこでね、きっと庄助さんは、それぞれをひとつずつ、毎日やってたんじゃないかとも考えたんですよ。例えば月曜は朝寝、火曜は朝酒、水曜は朝湯。ローテーションをきちっと守ってやっていけば、こりゃできないこともありません。が、こりゃ、迫力に欠けますな。プロ野球のピッチャーじゃないんですから。三つを一気にやってしまうから、シンショーもつぶれる方向へとまっしぐら。この勢いが、この唄の生命線なんでございましょう。
となると、この唄は、まやかし。ウソを唄っていることになります。ま、そもそもこの唄の真偽をうんぬんすること自体が、野暮というもの。気にするほうがどうかしております。たとえ話、伝承は、釣り上げたお魚のように、大きく大げさになっていくから面白い。談志さんするにも、ほどがあります。しかし、土曜の朝に湯につかりながらこの唄を思い出すと、いや、私もその、転落の道筋にあるんじゃないかと、、、。
話を変えましょう。そう、理屈です。理論とかそういうもんで世の中、すべてができているわけではないでしょうという話でした。小原庄助さんの唄もロジカルに考えるから、こりゃウソだなんていう疑惑が出てきてしまう。偽装解明とムキになってその根本を考えるのも、時と場合でしょう。理屈っぽいのも、どうかと思うんですね、2008は。


この間もゴルフの練習場で、このドライバーは、なぜ飛ぶのかを力説しているお方がいらっしゃいまして。ヘッド、ウェイト、シャフト、バランス。理路整然、素晴らしいお話なんですが、知ってどうするんだろう。理屈を勉強していいショットが打てるなら練習場はいらねえや、なんてちょっと意地の悪いことも考えてしまいます。
そこへ行くと、私のeggなんかは、ただただ理屈抜きで飛んでしまうんで、打った後、じっとヘッドを見つめて「へえ」なんて、目、まんまるくしているばかりですから。
「そんな飛ばして、おにいさんも、非常識なお方」だなんて、となりのねえさんにいわれて、ニヤついてるんですから、どうしようもありません。小原庄助さんなんですかね、あたしも。
初春や、理屈はあとから、ついてくる。エー、字余り。

本年も、何卒。


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去年の暮れ、野球解説でおなじみの栗山英樹さん主催のコンペに行く。場所は千葉の山田ゴルフ倶楽部。雨上がりのコースは靄に包まれ、妙に暖かかった。


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egg manの成績は、栗山さんのコンペにゲストで来ていた横浜ベイスターズの小池選手の背番号と同じであった。小池選手とレッドソックスの松坂選手は横浜高校の同期。ということで、DAISUKEと書かれた松坂選手のサインボールを小池選手からいただいた。

2008年1月28日

非常識な雪。

先週は、東京にも雪が降った。降った量はたいしたことがなかったが、湿った雪が、だらだらと降り続いた。
雪と台風は、都会の心をどこかでワクワクさせる妙な魅力がある。
雪国の人、台風災害を被る例えば農家の方々には申し訳ないが、関東、特に東京では、イベントのような盛り上がりを見せることがある。
小学生は、雪が降ると、犬のようにあたり構わず走り回る。明日は雪になると聞くと、ゴルフの前の晩のように、うれしくて眠れない。どうもそれはずいぶん前から東京に(私か)あったようで、朝起きて、そっと窓を開けると銀世界、なんていう日は、いつもより早く学校へ行ってしまった記憶がある。
しかしそれ以上に、うれしそうなのは、このごろのメディアである。テレビのニュースを見ていると、まるでみんな小学生に戻ったように、雪が降る、たいへんだ!とハイになっている。
ニュースのトップは、雪の予報で、道路が通行止めになる、鉄道が遅れるなど「恐れ」を強調した口調が続く。もう事件が、起こったような話しぶりである。騒ぎにしないと、テレビは存在価値がなくなる、と焦燥しているようにも見える。
「太平洋沿岸を発達した低気圧がすすんでくるでしょう。大陸からはこの冬いちばんの強い寒気が流れ込み、関東でも雪となるでしょう。山沿いの多いところで50センチ、平野部でも30センチ、都内でも20センチあまりの降雪の恐れがあります。この雪で都内近郊の鉄道、道路など交通機関にも影響の出る恐れがありますので、充分な注意が必要です」
警告は、快感を伴う。どの放送局からも緊張を装っているが、気持ちよさそうなアナウンスがしきりに流れてくる。
でも、ゴルフ場でこんな風なキャディがいたら、たいへんなことになる。
「この、パット、どういうラインなの?」
「グリーンの池側を発達した強い目がすすんでくるでしょう。山側からはこのコースいちばんの強い傾斜が流れ込み、打ち出しでは多いところで右に50センチ、中間部では左に30センチ、カップ際でもどっちかに20センチあまり曲がる恐れがあります。このパットで月例競技の順位、入賞にも影響の出る恐れがありますので、充分な注意が必要です」

それと、台風報道にも一言。降りしきる豪雨の中、カッパを着たレポーターが、台風の進路を伝えるシーンが必ず登場する。わざわざ防波堤まで行かなくていいようなものを、と思うのだが、なかなかの迫力である。そしてこんなことを言う。
「危険ですから海には、絶対に近づかないでください」
臨場感なんだろうが、これほどの非常識もない。見ている方からすれば、
「すげえな、じゃ、ちょっと行ってみるか」
となるのが人情である。見に行って事故にでも遭ったらと考えると、罪なことをするものだと思う。

雪のため、その日予定していたコンペが中止になった。新しい、まだ、発売前のクラブが、モニターで打てるはずであったのに、残念。打てたら、次の機会に、報告しましょうかね。
天気の非常識には、かなわない。

135ヤード、何番で打ちますか。


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今年は、何回ぐらい東京に雪が降るんだろう。寒さとか、雨はなんとかなっても、雪だけはどうにもならないのがゴルフ。今回はあまり積もらなかったけれど、雪にすっぽりと包まれた東京は、雪しか見えなくて?なかなか綺麗なのだけれど。


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サンドイッチを食べながら海岸を歩いていたら、雪ではなく、トンビが降ってきた。目がいいらしく、遙か上空から手に持つ食べ物を見つけて急降下してくる。そういう目でグリーンを見ることができたら、入るんだろうな。

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EGG

人生歴50数年、ゴルフ歴20数年。野球少年からバスケットボール、そして草野球に燃えるも、結局はゴルフに執心する、ある意味典型的日本人。
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